二月に真夏の気温を記録したり、寒の戻りの激しさに開花が遅れたり、今年はいつにもましておかしな天候です。梅雨もしとしとのイメージを離れて久しいですが、さて、どんな梅雨になることでしょう。
世を隔て人を隔てゝ梅雨に入る 高野素十
二夜三夜傘さげ会へば梅雨めきぬ 石田波郷
素十の句からは、雨のとばりに隔てられる感覚が伝わってきます。しとしとと執念深く降り続く雨なればこそ生じる感覚でしょう。また、以前は雨が続くなあと思っているうちに、いつしか梅雨入りしてもいました。この二句には昔ながらの梅雨が、人との関係性を通して詠まれているといえそうです。
梅雨寒や舌に朱のこる餓鬼草紙 三森鉄治
梅雨時には雨で蒸す日もあれば、妙に冷え込む日もあります。餓鬼草紙の朱はもちろん他の季節であっても見られるものですが、ひやっと湿った空気の中で見るといよいよ凄惨なのでしょう。
梅雨の夜の金の折鶴父に呉れよ 中村草田男
妻とあればいづこも家郷梅雨青し 山口誓子
外に出られない日、子は折紙で退屈を紛らわせもしたことでしょう。〈万緑の中や吾子の歯生え初むる〉をはじめ、草田男の「吾子俳句」は有名。特別な一羽をせがむのは幸せの確認でもあったでしょう。誓子の句はのろけのようなものですが、「梅雨青し」の決めがさすがです。金、青と梅雨に差す色が美しい二句です。
梅雨の闇小さき星は塗りこめて 福永耕二
梅雨の闇は常よりも重い湿った闇です。〈五月闇〉ということもあります。
五月雨をあつめて早し最上川 芭蕉
空も地もひとつになりぬ五月雨 杉風
さみだれや大河を前に家二軒 蕪村
〈梅雨〉は時候にも天文にも使える季語ですが、〈五月雨〉は天文のみの季語です。上は江戸時代の、下は大正、昭和の句ですが、天候に逆らえないのは昔も今も同じです。
さみだれのあまだればかり浮御堂 阿波野青畝
さみだれや船がおくるる電話など 中村汀女
〈荒梅雨〉が出水を招くのも、〈空梅雨〉で水不足になるのも困りますが…。
草のさき出でて吹かるる梅雨出水 山上樹実雄
百姓に泣けとばかりに梅雨旱 石塚友二
梅雨の影響を受けているのは人のみにあらず。
頬杖をつけば阿呆と梅雨鴉 遠藤若狭男
よその田へつるりと逃げし梅雨鯰 本宮鼎三
梅雨茸の笠の裂け目を雨通る 島田牙城
津波のような被害をもたらす昨今の梅雨。優しい雨であれと祈るほかはありません。(正子)